海が人体に好影響を及ぼすことは、人類文明の黎明期から経験知として存在していました。医学の祖ヒポクラテスは、紀元前のギリシャで臨床と観察による経験科学に昇華し、実際の治療に用いていました。四方を囲まれた日本でも、古来より治療のための海水浴は「潮湯治」と呼ばれ、民俗学的事象として伝承されてきた記述が江戸後期の文献にみられます。
(出典:荒川雅志「なぜ海は体にいいのか?」海運KAIUN,1054(7)2015)
国立大学法人 琉球大学大学院教授 荒川雅志博士はこう話します。
「中世から近代にかけて、数多くの医師、研究者らによって、海辺の気候や海水の直接利用によるヒトへの効果実験や臨床応用が行われていた記録があります。その後、19世紀頃からは、ヨーロッパ全土の海岸部を中心に海洋療法センターが建設され、現在、世界には260を超える海洋療法施設、併設ホテルが存在しています。
海辺で過ごすひとときに、無条件の安らぎや癒しを感じることには、あまり異論がないように思います。海水の成分比は妊娠中の母体の羊水と近いといわれており、その安らぎ、癒しの根本にあるのは安心に包まれた母なる体内への回帰、さらには生命誕生の起源にもさかのぼるからでは、と説く研究者もおられます。
現代人の多くが大なり小なり不調をきたしている時代、西洋医学のみでは解決が困難な慢性疾患や不定愁訴などに対し、免疫力や自然治癒力を高めることで根本的解決を図る自然療法に、世界が注目し始めています。そのひとつひとつの効果効能については、科学的な証明が待たれるところですが、メソッドが長い時の洗礼を受けてもなお、廃れずに残ってきたことこそが証と考えるならば、「経験科学」_の俎上では証明されていると言っても間違いではないでしょう。
生命誕生の根源である「海」への回帰は、高度情報化社会・都市型ライフスタイルの進展によるストレス社会の現代において、不可欠なものと位置付けられるでしょう。」
荒川雅志博士
ウェルネス研究プラットフォーム代表
医学博士
専門分野:応用健康科学 ヘルスツーリズム/
海洋療法研究の第一人者